上映を前にして想ったこと(2)スペシャル [LAの映画祭参加]
留学前から、僕はアメリカに関して詳しかった。
映画を通じて、文化や歴史。習慣や発想を学んでいる。
音楽も、芸能も、テレビ番組も、アメリカ人並み?
英語は話せないのに、ビートルズの歌は歌える!
英語コースの先生から言われた
「You so American boy !」
だが、やがて気づく。
アメリカにいる映画ファンやロックおたく。
映画監督志望の青年たちと、僕は同じなのだ。
監督になるには、彼らになく。僕しか持ってない何かがないと駄目。
つまり、監督というのは、
その人にしか撮れない映画を作らねば意味がないのだ。
黒澤明が監督すればクロサワ的。
スピルバーグが撮ればスピルバーグ。
誰にも真似できない面白さがある。
皆、自分なりのスペシャルをもっていた。
ミュージシャンで言えば分かりやすい。人と同じでは認められないのだ。
マイケル・ジャクソンは世界にただ1人。
彼の歌も、踊りも、魅力的だ。
ブルース・スプリングスティーンの世界観、彼独自のもの
皆、独特の世界を持ち、哲学があり、スタイルがある。
誰とも似ておらず、心に響く作品を作り出す。
皆、個性があり、スタイルがある。
誰も持ち得ないスペシャルがある。
映画監督も同じなのだ。
他の人が監督しても同じ作品を作るのであれば、その監督は必要とされない。
それを僕は何も持っていなかった・・・。
(つづく)