友人の話(4ー終) [想い出]
林田堅太。1976年生まれ。享年32歳。
デビュー作であり、遺作になった映画は「ブリュレ」
それはないだろう? なんで彼が・・
葬儀。彼の遺影を前に話かけた。
「林田。お前がデビュー作を遺作にして、どうするんだ?
それはオレの専売特許だぞ・・・それに、お前の方が若いんだぞ。
まだ、32歳だろ・・。先に逝ってどうする?
太田映画を引き継いでくれるのは、お前だろ?
・・・・・でも、必ず、次回作。完成させるから。
遺作になって、すぐにお前に会うことになるかも
しれないけど。必ず完成させる。
林田の分もがんばる。絶対に諦めない。
そして完成と公開、報告するからな・・・
餃子を食べながら、報告するからな・・」
それが2008年の11月のことだった。
昨年の11月で、ちょうど2年。
林田が住んでいたアパートの下まで行く。
見上げると彼の部屋が見える・・。
今も空き室のまま。
その下にある中華料理屋へ。何度も林田と来た店だ。
ビールを二杯と餃子を一皿、注文。
一杯は彼の分。そして林田に報告。
「あれから2年かかったけど、次回作。完成したよ。
「青い青い空」というタイトルだ。
先月公開されて、浜松でヒットしている。
お前にも見せたかったなあ。
今回は若い子。誰も死なないんだけど、また泣けるぞ。
・・・林田が見たらまた・・・号泣するぞ。
そして、今回は遺作にはしない。
お前の分も・・・・映画・・・
撮り続ける・・
・・・・・・乾杯・・・」
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