書道パフォーマンス映画ではない(上) [アンコール]
”書道を題材にした映画が作りたい。
今から5年前にそう考え、取材を始めた。
まだ、書道ブームが起こっていないころだ。
あるテレビ局のプロデュサーにこういわれた。
”書道なんて映画にならないよ!物語にはなり得ない”
映画ファンの友人からは
”シンクロとか、ジャズ演奏ならいいけど、書道は地味過ぎて駄目だよ”
だが、書道には様々なドラマ的要素がある。皆、知らないだけだ。
中でも書道デモンストレーション、と呼ばれる大字の延長にある表現は
とても素晴らしく。映画のクライマックスに取り上げた。
大字というのは、例えば
巨大な紙に、巨大な筆で、”賀正”とか書いているのを
正月番組等で見ることがある。
あれが”大字”という、書道では昔からある表現法。
それを音楽に合わせて行う。それが書道デモンストレーションである。
さて、3年が過ぎ。いよいよ撮影準備が本格的に進み出した頃。
書道ブームが盛り上がり。
多くの、書道映画やドラマが企画される。
多くのPが
”書道なんて・・映画にならない”
と言っていたのになあ・・。
背景のひとつは全国の高校書道部で流行していた、
書道パフォーマンスがブームになっていたこと。
(ブログ中の写真は全て、書道デモンストレーション。
書道パフォーマンスではない)
書道デモンストレーションから派生したもので、色とりどりの文字や絵を描いたり
ダンスや踊りを取り入れたまさにパフォーマンス。
見た目に派手なこともあり、若い人の注目を集めたのだ。
だが、書家の方々から批判が多かった。
”書道を冒涜している!名前通りにパフォーマンスだ”
だが、僕がやろうとしているのは、書道デモンストレーション、
なのに、テレビで見た派手なパフォーマンス書道の映画だと思われ
書家の先生方から”協力できない!”と言われることがあった。
でも、詳しく説明。
パフォーマンスではなく、書道の大字の延長にある表現であり
本来の書道の素晴らしさを伝える作品であることを伝えると
ほとんどの書家先生は快諾。応援を申し出てくれた。
一般の人から見ると、デモンストレーションもパフォーマンスも
同じだと思うかもしれない。
しかし、書道を愛し、書道を伝える方々から見ると
天地の差が存在する。
筆で文字を書く側で踊ったり、傘をまわしたりというもが
本当に許せないという。
そして、僕が描きたいのも、その種のパフォーマンスではない。
書道本来の素晴らしさだ。派手な小道具がなくても、書く姿は美しいのだ。
その頃から、”書道パフォーマンス”とは絶対に言わないよう
スタッフ&キャストにも伝え、関係資料にも表記しないように徹底。
本来の書道を描く映画をさらに目指した。
(つづく)
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